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武夷名叢・半天腰

武夷名叢の1つである半天腰について解説している記事がありました。

武夷名枞“半天腰”题刻可考

武夷名枞是武夷岩茶生产中产生的优秀代表,它是经众多茶人长期从菜茶品种中选择,逐步从“花名”,“单枞”而至“名枞”(即逐步演化而来)。这些名枞虽几经盛衰,但也有许多爱茶人将它整理、记载并流传于世,使许多爱茶人都记住它,这已本无新意。但笔者偶然间看到《武夷山摩崖石刻》一书中有提到:半天腰,无名氏题刻……有感而发。

本篇文章来源于第一茶叶网 原文链接:http://news.t0001.com/a/201604/00004227.html

武夷名叢は武夷岩茶生産の中で生まれた優秀な代表で、それらは多くの茶人たちが長期にわたって在来種の中から選び抜き、”花名”、”単叢”そして”名叢”となります(このように少しずつ進歩するのです)。これらの名叢は何度も盛衰を経ていますが、多くの茶を愛する人々が整理、記載することで世に残り、多くの茶の愛好家が覚えるものとなり、既に目新しいものではありません。しかし、筆者は偶然、『武夷山摩崖石刻』という本の中で、”半天腰、刻んだ作者は不詳”という記述を見たとき、感じるものがありました。

1941年、当時、福建模範茶廠赤石製茶所の主任をしていた林馥泉氏が書き記した『武夷茶葉生産製造と運搬と販売』という本の中にはは、武夷山五大名株の記載があり、その順序は大紅袍、白鶏冠、鉄羅漢、半天夭、水金亀の順でした。その中には実際に探しに行った時の描写があって、高さは約二丈(約6~7m)、広さは7~8尺(約2.3~2.8m)、九龍窠から150m離れていて、その地形は険しくて、“半天夭之半天夭也”といわれましたが、その茶の品質については書かれていませんでした。

『中国茶樹品種志』には、半天妖は別名を半天夭、半天腰といい、武夷の伝統的な珍しい五大名叢の1つで、無性系、灌木型、中葉類、晩生種、二倍体。その産地と分布、特徴、特性、栽培に適した地域や栽培の要点などが科学的な規範に沿って記述されています。

1979年、筆者は当時、崇安県茶葉研究所が請け負った武夷山に関わりのある名叢調査整理作業を行っているときに、馬頭生産隊が提供した多くの名叢の中で、4つほど特に面白いと感じるものがありました。それは”白牡丹”、”半天腰”、”仙女散花”、”千人拝”で、そのうち”千人拝”の茶樹はまだ見つかっていません。

”半天腰”へ行くためには必ず狭いところを通っていかなければならず、小道もなくて、上から歩いて行くこともできず、さらにはいつも整備の手が加わっていないので、雑草が多くて、山かげから毒蛇が出て来ないかどうか心配をしなければいけません。そのため、実際の調査の日には、天心生産隊の大隊長、馬頭生産隊の隊長、2人の年輩の茶農家と、茶葉研究所の関連する職員が、まず道の障害物を取り除き、さらには小さなハシゴを持っていきました。多くの苦労をして、ついには安全に茶樹が育っているところに着きました。

既に三十年あまりが経過していましたが、そこには3株の茶樹がありました。この茶があるところは、まさに林馥泉が記述していたのと同じで、高所恐怖症でない人であっても、冷や汗が出るもので、もし下を見ようものなら、冷たい空気に吸い込まれてしまいそうでした。それは現在、武夷山が所有する名叢が育つ中でも、最も高くて、最も険しい場所の1つです。

当時、この名叢を保護するために、生育が良さそうな一株から挿し穂をとって、挿し木で繁殖させることと茶樹の上方の岩壁に字を刻むことを決めました。武夷山の名叢などの名前をつける習慣によれば、多くは成長している場所、茶樹の芽や葉の特徴、そして製品の茶の特色などから決められますが、当時は”半天腰”を正確な名前とすることに決めました。現在、この3つの大きな文字が、天心永楽禅寺のところに立つと見ることができます。

そのころ茶葉研究所は、この名叢を保護するために、入口の隙間のところに鉄の門の囲いと門を置いて、その鉄門のところに”崇安県茶葉研究所立”の文字を刻みました。このほか、蓑衣嶺までの石板の道を修復し、これは広さ約50cm、長さ150mほどのもので、主に今後の管理に役立てるためでした。要するに、”半天腰”の整理はおそらく、武夷名叢の中でも最も手の込んだ1つの樹で、慧苑”百歳香”のものよりも、手が込んでいるかもしれません。

筆者の記憶の中では、”半天腰”は茶葉研究所にある百あまりある名叢、単叢の中でも、十年連続で茶のサンプルの篩分けの中でも、何度もトップ10に入るものでした。

1990年代の初め、筆者は2度ほど、”半天腰”を”肉桂”と間違えたことがあり、そのたびに”この肉桂はいいね”と言っていました。事後に同僚はこれは”半天腰”だよと教えてくれました。

1994年、筆者は茶葉研究所でまた”半天腰”の品評を行い、品評の結果、確かに特色がありました。非常に上手いことに、筆者とともに招かれていた茶業界の先輩も品評をして同意見となり、最終的には、このロットのお茶を漳浦県で開催される海峡両岸茶葉コンテストに参加させることにしました。その時は、全部で3つのサンプルを送り、名叢とは表記したものの”半天腰”と表記しなかったものが頭等奨を取り、肉桂も頭等奨で、金鎖匙は一等奨でした。

2015年春、筆者は武夷山市観井茶廠の柯達昆氏から茶工場でお茶を見てくれないかと招かれました。柯達昆氏は、できあがったばかりの”半天腰”の評価をして欲しいとお願いされ、観察をしてみたところ、とても驚き、また喜んだのは、茶殻、香気などをみてもとても良くて、岩茶に関して言うならば、このお茶からは1つの欠点も見いだせませんでした。

今のところ、半天腰茶はほんの少量しか栽培されて折らず、多くの茶農家にとっては、あまり接触の機会は無いかもしれません。

武夷岩茶の品質は、栽培する山の場所、耕作管理、茶摘みの際の茶葉の柔らかさ、製茶の天気、製茶技術などと密接な関わりがあり、少しでも注意を怠ると品質に影響し、製品の良品率が悪くなってしまうことに容易に繋がります。現在、武夷山茶区では現在の品種や名叢(新種)について、科学的な認証(あるいは茶農家による評議)を行うことがなくて、良い品種が広まることに影響しています。もっとも、これは茶区の仕事の上での1つの”肋骨”になるものなので、1つの欠陥であり、我々茶人たちももう少し深く考える価値はあると思います。
 

この筆者というのは誰だろう?と原文を当たってみたら、陳徳華さんでした。
思わず半天腰が飲みたくなってしまいます。

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