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福建省など8省、”万里茶道”を世界遺産に申請準備

シルクロードの世界遺産申請を受けて、茶馬古道などのお茶に関わる交易ルートの世界遺産としての登録を目指す動きが広がっています。
あまり知られていないもう1つのルート”万里茶道”も世界遺産の申請に動き出しました。

福建等八省区为“万里茶道”申遗 武夷下梅为起点

随着大运河和丝绸之路申报世界文化遗产成功,一条可与之媲美的重要国际商道也日益引人瞩目,它就是17至19世纪由武夷山至俄罗斯圣彼得堡的万里茶道。昨日,记者从省文物局获悉,福建作为“万里茶道”的起点之一,已经开始着手准备相关文化遗产的摸底、调查工作,今年11月将在武夷山召开“万里茶道”文化遗产保护利用研讨会。根据国家文物局的安排,途经八省区的“茶道”遗址将联合申报世界文化遗产。

本篇文章来源于第一茶叶网 原文链接:http://news.t0001.com/2014/0730/article_172439.html

大運河とシルクロードの世界文化遺産申請の成功によって、それに匹敵する一本の国際交易路が日増しに注目を集めています。それは17~19世紀、武夷山からロシアのサンクトペテルブルグに至る万里茶道です。
昨日、省の文物局で取材したところ、福建省は”万里茶道”の起点の1つであり、既に関連する文化遺産の調査活動に着手しています。今年11月、武夷山では”万里茶道”文化遺産保護利用検討会が開かれることになっています。国家文物局の手配により、途中8つの省と区を通る”茶の道”の遺跡を全てまとめて世界文化遺産に申請する予定です。

 

<200あまりの都市を結ぶ1本の茶の道>

取材によると、”万里茶道”は南の福建省武夷山を起点とし、途中、江西省、湖南省、湖北省、河南省、山西省、河北省、内モンゴルなどを通り、モンゴルを抜けて、最終的にはロシアのサンクトペテルブルグまでつながる、全行程2万km近い道です。この交易路は、当時の国際間の経済、文化、宗教交流を促進し、沿線の都市の勃興と発展などさまざまな作用があり、中華文明の外交史と商業貿易史に於いて、何物にも代えがたい特殊な地位にあります。

「茶の輸送は、沿線の200あまりの都市の発展を導き、中国、モンゴル、ロシアの三国の経済交流を促進しました」と省文物局の責任者は取材に答えました。昨年3月、国家主席の習近平氏はモスクワ国際関係学院で発表した重要な講演の際に、万里茶道と新世紀の中国ロシアのパイプラインを”世紀の動脈”と並び称しました。

今年11月に武夷山が”万里茶道”文化遺産保護利用検討会を行う前に、福建省では既に関連する文化遺産の調査を始めていました。

 

<8省区が共同で遺産調査を展開>

ある関連部門の責任者の話によると、今回の”万里茶道”文化遺産資源調査、遺産価値と比較分析は、8省区が共同で行い、共同の機関を設立する計画です。

取材によると、8省区の各文物局が組織ごとに、半年ほどの時間で、各省の”万里茶道”文化遺産リストを作成します。次に”万里茶道”の重要文物建築、伝統的な村や鎮、考古遺跡などの各種保護プロジェクトを展開し、共同で沿線の文化遺産の宣伝と展示活動を行い、より”万里茶道”の分解散認定標準を明確にする計画です。

8省区は今年の年末までには日常的な活動を行う機関を設立し、日頃からの連絡と宣伝、交流などの活動を行う予定です。

 

<武夷山の下梅村が茶道の起点>

武夷山漢城遺跡博物館館長の丁海祥氏によると、清代の下梅村は、武夷山の重要な茶の集散地の一つでした。『崇安県志』には、「当時の武夷の茶市場は崇安の下梅に集まっており、最盛期には毎日300艘の筏が、絶えることが無かった。茶の経営をしていたのはどこも江西人だった。光緒以後、茶市場は下梅から赤石に移った」と書かれており、当時の武夷の茶市場における外への輸送で賑わっていた光景が見られます。現在も残る梅渓の景隆埠頭、崇渓の赤石埠頭は、どちらも清の中後期の武夷岩茶の水路での輸送の繁栄を偲ばせるものです。

「特に村の中の鄒氏一族は、武夷山を万里茶道の起点にした重要な開拓者です」と丁館長は言います。最も繁栄した時代は清代の中後期です。当時、山西省の榆次市の常氏という茶商と鄒氏の景隆号が連合を組み、下梅で買い上げた茶葉をまずは県の中心に送り、次に馬車に乗せ替えて江西の河口(現在の鉛山県)から船に乗せ、再び北を目指します。帰化(訳注:現在のフフホト)を経由し、庫倫(訳注:現在のウランバートル)を過ぎ、中ロ国境に到達します。そこでキャフタのロシア商人の手に渡ります。

取材によると、現地の文物部門は既に第3回の全国文物普通調査と合わせて、”万里茶道”に関連のある文物・古蹟の初期調査を終えており、募集、複製などの方法で歴史の遺物を収集しており、既に3本の古水路、3つの古い埠頭、3本の古い駅道を”万里茶道”が商業貿易物資の重要な通り道を運んでいたことを示す物証としています。

 

数年前に出版された雑誌「コヨーテ」などでも有名になった下梅村ですが、この道が世界遺産認定されると、さらに知名度が上がっていきそうです。

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