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馬王堆から出土した茶葉は安化黒茶の原型か?

湖南省長沙市にある馬王堆漢墓は紀元前2世紀の漢代の墳墓で、1970年代の発掘調査では生けるがごときの女性の遺体が発掘されたことでも知られています。
さまざまな副葬品から当時の時代を知る手がかりが見つかっているのですが、その中に茶葉と見られるもあったようです。

 

马王堆出土茶叶源自益阳安化黑茶

在湖南,很少有人不知道马王堆汉墓。1972至1974年,国家对该墓葬进行发掘,共出土珍贵文物3000多件。其中一件并不显眼的用竹篾包装的物品,如今却成了与我市黑茶产业密切相关的重要历史见证。市茶叶局局长、高级农艺师易梁生告诉记者,那就是安化黑茶的前身。

本篇文章来源于第一茶叶网 原文链接:http://news.t0001.com/2014/0315/article_168045.html

 

湖南省では、馬王堆漢墓を知らない人はほとんどいません。1972年から1974年にかけて、国はこの墓の発掘調査を行い、3000点を超える貴重な文物が出土しました。
そのうち、あまり目をひかなかった竹に包まれた品物は、市の黒茶産業にとって重要な歴史的な証拠になるかもしれません。
市の茶葉局局長で、高級農芸師の易梁生氏は、あれは安化黒茶の前身だと言います。

史書の記載によると、現在、安化黒茶の歴史は1400年あまり前、唐代の”渠江薄片”まで遡ることができます。
もし、馬王堆漢墓の茶葉が安化からのものであれば、安化黒茶の歴史は少なくともさらに900年遡ることになります。
易梁生氏によると、1987年の雑誌「茶葉通訊」に掲載された文章に、馬王堆漢墓にあった竹籠の中には加工処理された黒い顆粒状の物体が存在し、茶葉と確認されました。
これ以降、この茶葉がどこから来て、どのお茶の種類に属するのかを彼は苦労して考察し、研究の目標にしています。

氏は、3つの根拠から、馬王堆漢墓で出土された茶葉は安化からやってきたものであると言えるとしています。
まず、地理的な位置から見ると、漢や唐の時代、安化は益陽県に属し長沙郡の管轄下にありました。しかも安化の茶葉はかねてより「険しい山の水のそばに合って、植えられたものでは無く自生」の有料品として知られており、封建社会の上流階級の人がまず選ぶ銘茶でした。保存の観点から見ると、緑茶などの他の茶類は基本的には長期保存には向きませんが、黒茶は製法が独特なので、長期に保存することができます。
次に、漢末から三国時代には、呉、蜀が益陽に兵を進め、関羽はかつて竹籠に入った一包みの茶葉を兵士に与えて、病から救ったとされています。竹籠というのは安化黒茶独特の包装形式で、馬王堆で出土した黒茶の包装と一致します。
このほかに、初期の安化黒茶には松の枝や松の木で燻して乾燥する製造工程があり、これによって香りと殺菌、防腐作用があったので、副葬品としての効能が顕著だったと思われます。さらに馬王堆で出土した茶葉は不規則な黒い小さな顆粒だったのですが、これは私たちが解放前後に生産していた陳年の安化の散黒茶と一致します。

易梁生氏の見方は、省内の茶葉業界の専門家から高く認められています。
湖南農業大学教授の施兆鵬氏によると、この見方は安化黒茶の歴史および湖南省の茶の生産が発展してきた研究における科学的な価値を有していると認識しています。
先日、全国人民代表大会代表で、茶文化の専門家である蔡鎮楚教授は、馬王堆漢墓で出土した茶葉は安化黒茶の原型である可能性があると話しています。かれは、益陽の専門家が早く論証数文章を発表することを望んでおり、そうなれば安化の茶葉の歴史・文化の研究が新たな段階に入るとしています。
 

中国の茶の歴史も色々な発掘、発見によって新しい解釈が生まれています。
この安化黒茶の歴史もひょっとしたら書き換わることになるのかもしれません。

 

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