日本茶がどこからやって来たのか、は未だに諸説があるところですが、中国から日本に伝わった最も古いお茶は、おそらく天台山のものではないか、という説が中国では有力になってきているようです。
千载丝路传茶种:日本最早的茶或源自浙江天台山
越来越多的史料记载、现实考证显示,作为中国佛教天台宗发祥地的浙江省台州市天台山,极可能是日本最古代老茶叶的源头。
本篇文章来源于第一茶叶网 原文链接:http://news.t0001.com/a/201509/00002493.html
多くの史料の記載や、現実的な検証から見て、中国の仏教天台宗の発祥地である浙江省台州市にある天台山が、日本の最も古いお茶の源流ではないかという可能性が極めて高いです。
中華文化促進会、中国文化院などの機関が主催した、天台山文化当代価値研討会で、台州天台山文化研究会理事長の張朝紅氏は、日本の天台宗の開祖である最澄はかつて天台山から仏教の経典を自ら持ち帰り、さらに茶の種を持ち帰り、日本の近江国比叡山東麓にある日吉神社の近くに植えたとされ、後の人々は日吉茶園と呼びました。
近江とは今の日本の滋賀県です。今では日吉神社の近くには大きな”日吉茶園之碑”が立てられ、その碑文には”日本最古の茶園”であると説明があります。
史料の記載では、これは1200年あまり前のこととされています。日本国内の『日吉社神道秘密記』の記述によると、西暦804年、日本国は最澄らを天台山国清寺に仏教を学ぶために派遣し、翌年の春、遣唐使船に乗って帰国したとあります。
このあと、日本の空海大師が天台山国清寺に経典を取りに来て、そのときにお茶の実を一緒に持ち帰り、京都(訳注:奈良の誤りか)仏隆寺などの土地に植え、これが日本の太和茶(訳注:大和茶の誤りか。以下訂正して掲載)の発祥の地となりました。今では、仏隆寺にも”大和茶発祥伝承の地”の碑があります。
その間、空海は天台山から製茶道具である”石臼”も日本に持ち帰り、これを複製して、中国の蒸し、搗き、焙り、烘るという茶の製造技術をも日本に伝えました。
宋代以降に、天台山の茶の種は日本で広く撒かれるようになりました。静岡は日本の茶産地で、地元のテレビ局はかつて天台山にやって来て『茶葉の道』というテレビ番組を撮影しました。撮影チームの岩崎智氏は、かつて”天台山国清寺にやって来て、茶の源との関係を思い出しました”と話しました。
岩崎智氏は、このもう1つの源は南宋に始まるといいます。西暦1235年、日本の僧侶が入宋し、天台山の茶の種を持ち帰り、静岡に蒔き、これによって、現在の日本で最大の茶産地の1つとなり、年間の茶産量は日本の茶の総生産量の半分前後を占めるようになりました。
日本の最も古い茶園については、日本国内の記載も同じようなものが尽きません。”日本の茶祖”とされる栄西禅師は、宋代の時期に2度天台山に仏教を学びにきて、中国茶道も学んで、帰国後様々な土地に茶を植え、中国の茶品種を日本で繁栄させることを加速しました。栄西が贈ったお茶は栂尾山高山寺のそばに植えられ、”日本最古の茶園”の碑がたっています。
しかし、張朝紅氏はまた、中国の茶葉が海を越えて日本に入ったのは、最も古いのは唐代の天宝三年、西暦744年にも記載があることを見つけました。釋志磐の『仏祖統記』の記載によると、唐代の僧侶・鑑真の4度目の日本行きの際、明州(現在の浙江省寧波)から、寧海を経由し、天台山国清寺を巡礼し、日本に多くの天台宗の経典・著作と茶など様々な品物を持っていきました。
どのような記載かに関わらず、均しく日本の最も古いお茶は中国の天台山が源流であることを示しています。
中国国際茶文化研究会の元会長・劉楓氏は、この天台山から古越国の都・紹興を経由して明州(寧波)から海を渡る茶葉の海上の道は、天台山のお茶を広めて、日本、韓国の茶の栽培と茶道文化の源流になったとかつて考えていました。
浙江省台州市椒江区政協政策研究室副主任の孫明霞氏は、シルクロードの歴史を紐解くと、それは中国のお茶の国外との交流の歴史でもあり、シルクロードは茶業界では”シルクとお茶の道”ともいわれていて、茶は”シルクロード”の永遠の旋律を奏でる1つの構成要素になっています。このような背景もあることから、天台山の茶も何度も海を越えて日本、韓国へ渡ったのでしょう。
天台山は浙江省台州市天台県にあり、漢化された仏教・天台宗のもとであり、道教の南宗のもととなった国清寺があります。天台山の茶が何度も海を渡って異国や他の土地へ”旅行”したのと同じようにここにはもう1つの”旅人”がいます。それは中国の明代の地理学者であり、旅行家、探検家の徐霞客で、彼は400年あまり前に30年あまりをかけた旅をする生涯を始め、天台山はその最初の旅行地でした。
割と日本では天台山との繋がりよりも、径山寺とかそちらの峰との繋がりが強いように感じます(茶道という側面では、そちらなんでしょう)。が、やはり天台山も日本のお茶と中国のお茶の繋がりを語る上では、外せない場所であることは間違いありません。