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白芽奇蘭の母樹、古樹名木申請へ

香りの高さで知られる白芽奇蘭。
その母樹が、古樹名木として保護の対象となる見込みです。

白芽奇兰茶母树拟申报古树名木

“这些天我正忙于整理资料,把这株白芽奇兰茶母树申报为古树名木,更加精细地保护起来。”5月26日,平和阳山茶厂厂长何锦能指着眼前这株母树激动地说。

本篇文章来源于第一茶叶网 原文链接:http://news.t0001.com/a/201506/00001449.html

「ここ数日は資料の整理に追われています。この白芽奇蘭の母樹を古樹名木に申請するので、さらにきめ細かな保護ができるようになります」5月26日、平和陽山茶廠の工場長・何錦能氏は目の前にある母樹を指さしながら、興奮気味に話しました。

白芽奇蘭茶の母樹の発見にはすこぶる由来があります。1981年の秋、何錦能氏は地元の彭渓坑の岸辺にある13本の在来種の中から、特に丈夫に見える、樹高は2m近くあり、樹冠は約3mで、春の成長が特に盛んで、新芽の白毫がハッキリしている1本の老木を発見しました。彼はこの木を挿し木して育てたところ、この葉には竹葉奇蘭の特徴があり、製茶したお茶には淡い蘭の花のような香りがあったことから、そこから名前をとり、白芽奇蘭と名付けました。

「この発見は平和県の茶産業の歴史上、時代を切り開く意義がありました。それまで平和県で生産する茶葉は全て烏龍茶という名前しか無く、自分たちの名前を持っていませんでした。この母樹の発見により、平和県の茶業の歴史が変わったのです。」

何錦能氏はためらうこと無く言います。

彭渓村は、大芹山の麓にある村で、茶産地として名のあるところで、村民は代々茶業を主にしており、各家庭はどこも製茶の名手です。同じように製茶と茶の栽培の名手であった、何錦能氏はこの老茶樹に尽きることの無いビジネスチャンスを見いだしました。1981年から1985年の間に、彼はこの茶樹から8500株の茶苗を育成し、自分で植えるもの以外に、余ったものは同郷の人たちに分けて茶場に植えさせ、この新しく発見された白芽奇蘭茶を普及させるようにしました。

平和県の当局もこの情勢に乗って、この”新生児”に対するサポートを強めて、科学技術による難問解決に取り組み、産業政策と保障を行うことによって、白芽奇蘭茶は発展段階を迎えます。1980年代後半から90年代の初めには、彭渓村のほとんどの家が白芽奇蘭茶を植えるようになり、老茶園も白芽奇蘭に改植されていきました。

1990年代半ばには、平和県の関連部門が林業の専門化を招いて、白芽奇蘭茶の母樹の鑑定を行い、樹齢が230年余りであることが確定しました。それから20年が経っていますので、計算すると大体250年余りということになります。

何錦能氏は、この母樹は清朝の頃からの老木なので、古樹名木に申請する資格があります、と話します。

現在、平和県では白芽奇蘭茶が10.8万畝栽培されており、年間の産量は1万トンあまりで、茶業の産出金額は20億元近くになります。2015年中国茶葉地域公用ブランド建設における”ブランド価値評価レポート”と”ブランド価値ランキング”の中では、平和県の白芽奇蘭茶のブランド価値は21.6億元で、ブランドランキングでは第11位につけています。

 

安吉白茶ややぶきたもそうですが、優秀な茶品種の発見は、一大産業に繋がっていきます。

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